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『倉吉八犬伝』 ショートショート
道の駅犬挟 篇
登場人物:犬山国忠/犬坂乙智
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<犬坂乙智視点>
倉吉市関金町山口にある『道の駅・犬挟』
そこには、ぼくのだーいすきな倉吉の酒屋さんが地酒を下ろしているらしい。お酒と言えばぼく! 犬坂乙智だよね。
「って事で、来ちゃいましたー!」
「じゃねえんだよ! なんでオレまで連れてきたんだ!」
はしゃぐぼくの横で、犬山国忠ことただくんは眉を吊り上げていた。唇なんてへの字に曲げて、相変わらず怖い顔。
でもぼくは知ってるんだ~。ただくん、口ではなんだかんだ文句を言うけど、ぼくを心配して付き合ってくれたって事。本当は優しいんだよね~。だからつい構いたくなっちゃう。
「もー、そんな文句言わないでよ~。たまにはぼくと『でーと』、してくれてもいいんじゃない?」
甘えるようにただくんの腕に絡みついて、小首を傾げて見上げる。するとただくんの顔は、みるみるうちに赤く染まっていった。
「く、くっついてくるんじゃねえ!」
大きな声を上げ、目にも止まらぬ速さで飛び退った。そうして遠くに離れてから、キャンキャンとまた文句。
ただくんは女性に免疫がないから、ぼくが男だってわかってからもあんまり近づくと照れちゃう。それを知ってて、からかうんだけど……この反応だと、犬って言うより猫みたいで可愛いー!
内心で笑うけど、これ以上からかっているといつまでも中に入れないから、ぼくはただくんの横を通り過ぎて道の駅へ向かった。
「もう~ただくん置いてくよ~」
「あ……おい!」
来たくないなら帰ればいいのに、こう言うとついてきちゃう。これがただくんの優しいところなんだよね~。クスクスと彼には聞こえないほどの声で笑いながら、やっと道の駅の中へ入っていく。
「わぁ~! すごい、野菜に果物にお土産に……いろんなものが売ってるんだねえ」
「いろんな店がひとつに集まった場所ってところか」
「かもね! あ、お目当てのお酒、はっけ~ん♡」
壁にピッタリと並ぶ棚に、地酒がずらりと並んでいた。ぼくの知らない酒造のお酒もあって、目移りしちゃう。だけどただくんはお酒に興味ないから、ついてはくるけど、辺りを見回すだけ。
「に、しても……犬挟、ねえ」
「この近くに、犬挟峠っていう場所があるんだって。そこから名前を取ったらしいよ」
「オレらの名字にも犬の字が入ってるし、伯姫とオレらを繋いだのも犬……オレら、犬に縁があるんだな」
目を細めるただくんは、どことなく穏やかに見えた。多分だけど……大岳院っていう、ぼくたちに縁のある寺院に置かれた置物の犬とよく遊んでるから、その子たちを思い出しているんじゃないかな。
置物が動くって、普通に考えたらありえないよね。ぼくも直接は見てないんだよね。同じ八犬士の仲間であるきょうちゃんとみーくんから聞いたんだけど、どうやら玉梓の呪いによって悪さをしてたみたいなんだ。それ自体は伯姫の子孫であるあの子が呪いを祓ってくれたらしいんだけど……動く理由は、呪いじゃなかったみたい。今でも、時々こっそり動いてるんだって。ただくんは、そんな彼らがまた悪さしないようにって遊んでるあげてる。本人は見張ってるだけって言ってるけど……寂しがりな犬たちを構ってあげるんだよ。本当、優しいんだから。
「わ! ここ、倉吉のだけじゃなくて鳥取県とか、岡山県のものも取り扱ってるんだ~。え~、迷っちゃう~♡」
「どんだけ飲む気だよ……」
「そりゃもちろん、飲めるだけ♡ ただくんもどう?」
「オレは興味ねえ」
「つまんな~い! でも、今日はここに付き合ってくれただけでいいや! んじゃ、お酒買ったら食事処に行こ! そこでお酒飲むんだ~♡」
お酒を山程抱え、小走りでお会計をしにいく。そんなぼくの後ろを、ただくんが呆れ顔のままついてくる。
「食事処なら、なんか食いもんあるよな。オレもなんか食うか」
「いろいろあるみたいだよ。うな重定食とか~、とんかつとか~……」
「牛骨ラーメン……って、あれだよな。孝弥がこの時代に来てやたら食いに行ってるやつ」
「そうだね~」
好きなものを食べればいいのに、何をそんなに悩んでるんだろ。気になって、ただくんの注文を待つ。
「……なんだ? この『わさびそふとくりーむ』って」
「確か『そふとくりーむ』って、牛乳を使った氷菓だよ」
「っ! 牛乳……!」
ただくん、この時代に来てからすっかり牛乳好きになっちゃったんだよねー。ぼくたちが生きていた時代では、牛の乳を飲むなんて想像もつかなかったけど……時代は変わるものだねえ。
「よし、オレはそれにする」
それひとつ決めるのに、四半刻かかってるんだけどね。
「わさびか~……あの辛いのが、お酒のつまみにいいよね。よーし、ぼくはわさび丼食べちゃおうっと」
ただくんが注文した『わさびそふとくりーむ』は白くて冷たい氷菓が、ぐるぐると巻かれたもの。その脇に、おろしたてのわさびが添えられていた。
ぼくが注文したわさび丼は、大きな丼にご飯が盛られ、その上にたっぷりのかつお節。脇には生のわさびが1本まるまる添えられている。どうやら自分で下ろすらしい。そんなの最高じゃん!
高鳴る心のまま、ぼくはおろし板でさっそくわさびをおろしていく。ただくんの方も、期待に満ちた目で『わさびそふとくりーむ』を見ていた。
「この『すぷーん』ってやつで、わさびと一緒に『そふとくりーむ』をすくって食べるのか。よし……!」
まるで壊れ物でも扱うみたいに、恐る恐る小さな『すぷーん』を使ってすくって……一口。
「ん! 冷たい……甘い! これ、牛乳よりもずっと甘くてうま……いっ!?」
ご満悦……だったはずの顔は一転。すぐに眉根を寄せた。
「な、ンだこれ……! 辛っ! いや、辛いっつーか……イテェ! 鼻の奥がイテェ!」
「あははははは! わさびなんだからそりゃそうでしょ~」
ぼくはおろしたわさびをどっさりご飯の上に乗せて、そこへおしょうゆを一回し。
「ゲッ! わさびそんな山盛り乗せたら……」
ただくんは嫌そうな顔をするけど、気にせずそれをお箸でつまみ、ぱくり!
「う~ん! さいこー!」
「マジかよ……! 辛くねえのか?」
「この辛さがたまんないんだよ。それに、ただ辛いだけじゃないよ、ここのわさび! 爽やかで、ちょっと甘みもあって……う~ん、これはお酒が進んじゃうなあ♡」
買ったお酒を枡に注いで、さっそく飲んでみる。やっぱり、キリッとした味わいが最高。わさび丼とお酒。この組み合わせは手がとまらない!
「わさびも食べられないとか、ただくんってばお子様~」
「ンだと!?」
「きゃー! お子様が怒ってくる~♡」
「テメェ……!」
眉を吊り上げるただくん。さすがにからかいすぎたかと思ったけれど、彼は手を出したりしなかった。
「これくらい、食べてやるよ!」
大きな口を開けて、『わさびそふとくりーむ』をがぶりと食らいついた。
「う、ぐ……! 辛い……けど……!」
「ただく~ん、無理して食べなくてもいいんだよ?」
「無理してねえ!」
本当に、からかいすぎたかも。
さすがに申し訳なく思っていたけれど、そのうち、ただくんの目が輝き出した。
「確かに、辛いだけじゃねえな。甘い味のもんと一緒に食う事で深い味わいが……」
わあ、大人の味に目覚めたみたい!
「なんだよ、うまいじゃねえか」
「でしょ、でしょー! いやあ、いい食べっぷりだねえ。あ! わさびの後はこの日本酒がおすすめだよ! はい、枡持ってー……かんぱーい!」
美味しいわさびに美味しいお酒、そして付き合ってくれる仲間……本当、最高だね!
◆END
著:浅生柚子(有限会社エルスウェア)
「道の駅 犬挟」