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『倉吉八犬伝』ショートショート
居酒屋 篇 ①
登場人物:犬坂乙智/犬塚孝弥/犬飼信戯/犬江嶺仁朗
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<犬坂乙智視点>
「たまにはみんなでお酒飲みたーい!」
ぼくのそんなわがままをみんなが聞いてくれて、近くの居酒屋さんへ飲みに行く事になった。って言っても8人分は席がなくて、みーくんと、ただくんと、やすくんと、あやちゃんは別のお店になっちゃったんだけど。
ぼくたち4人は座敷席に通され、そこでまずは乾杯のために倉吉で作っているっていう地元の麦酒を注文。
「きょうちゃん、じろちゃん、しんくん、今日はありがと~。じゃ、かんぱーい!」
ひとりで飲むのもオツだけど、こうしてみんな揃って賑やかな空気の中で飲むのも最高だよね~。
「あ、おかわりお願いしまーす」
「わあ! 乙智さん、飲みが始まって開始1分でもうおかわりしてる~」
突っ込んでくるけど、しんくんは笑ってるだけ。ぼくが大酒飲みなのはみんな知ってるから、これくらいじゃあ驚かない。
「この店、いろんなメシが置いてあるんだな」
「俺のために用意された料理のようじゃないか。どれも美味しそうだな」
お品書きを見ながら、きょうちゃんとじろちゃんは何にしようか迷っている。好きなもの頼めばいいのに、目移りしちゃうのかな? 可愛いなあ。
「俺は、あんみつと水わらび餅と『ぱんけーき』ってやつと、『あいすくりーむ』!」
「ってそれ全部甘味だよ!?」
も~このぼくに突っ込ませるなんて、相変わらずきょうちゃんってばやる事が斜め上だなぁ! 驚いちゃったけど、やっぱりきょうちゃんは面白い。
って、思いながら3杯目の日本酒を飲んでいたら、しんくんは、向かいに座るきょうちゃんに顔を近づけた。
「孝弥くん、居酒屋には規則があるんだよ~。乾杯した後はお酒を頭からかぶって、その後に服を脱いで振り回しながらお刺し身を食べながら踊りを踊るんだ~」
「そ、そんな規則があったのか! 全然知らなかったぜ!」
「って、しんくん! きょうちゃんにデタラメ教えちゃダメでしょ。信じちゃうから……」
って言った矢先に、きょうちゃんは乾杯で飲んでいた麦酒を頭からかぶってしまった。
「あーもー、やっちゃったー」
「次は服脱ぎゃいいのか!?」
「そうそう♪」
「違いますー。っていうかお酒を無駄にしちゃダメでしょ。しょうがないなー。店員さーん、『元帥』を一升瓶で持ってきて~。あと~、『くらよし白壁土蔵』と~……」
ついでにぼくが飲む分を頼んでいたら、きょうちゃんの隣でじろちゃんが大きなため息をついた。
「乙智が大酒飲みなのは今に始まった事じゃないが、孝弥と信戯ははしゃぎすぎだろう。少しは静かに出来ないのか?」
呆れちゃってるみたい。ぼくはこういう賑やかなの、楽しくなれて好きなんだけど、じろちゃんは違うんだな。納得するけど、しんくんはこの賑やかさに巻き込みたいみたい。
「嶺仁朗くん、居酒屋はみんなではしゃぐのが規則なんだよ~。だからこういう時は、嶺仁朗くんも頭からお酒をかぶってから焼き鳥を食べながら盆踊りを……」
「デタラメが雑すぎるぞ、信戯。俺に言うなら、もうちょっとマシな内容にしてくれ」
じろちゃんはぼくらを無視して、ひとりでお品書きを見始めた。残念だったねーって思って視線を向けるけど、しんくんは全然落ち込んでいない。むしろ、次はどんなデタラメにしよっかなーって楽しんでいる。しんくんも相変わらずだよねー。
注文した『元帥』を飲みながらじろちゃんを見ていると、じろちゃんは真剣な目。横のきょうちゃんはまるで酔っ払ってしまったかのようなはしゃぎっぷりで、まるきり相反している。
まあ、きょうちゃんの場合はデタラメを本気にしているだけなんだけど。っていうかまだ踊ってるのおっかしー。
「どれも美味しそうだから、迷ってしまうが……よし。マーブルポークとねばりっこの炒めものと、白いかの刺し身……それに、モサエビの刺し身もいいな。それと、鳥取地どりピヨの唐揚げも頼む」
やっと頼むものが決まった嶺仁朗くんは、店員さんを呼んであれこれ注文している。本気食べするつもりだ~。まあ、居酒屋のご飯ってどれも美味しいから、お酒だけじゃなくてご飯食べるのもいいよね! 後でぼくも味見させてもーらお♪
って思ってたんだけど~……。
「きゃー! 嶺仁朗さまぁー!」
料理を持ってくる女性店員さんが、次々じろちゃんに惚れちゃって、離れようとしない。じろちゃんもじろちゃんで……。
「俺のために持ってきてくれた君こそまさに女神。働いている君の手はとても美しいな」
どんな女性店員さんが来てもこうやって口説いちゃうから、余計惚れられちゃう。まあ、本人は意識して言ってるわけじゃなくて、思ったままを口にしてるだけなんだけど。でもねぇ……。
「うお! なんか人がめっちゃいるじゃねえか!」
「わぁ~座敷がぎゅうぎゅうだねぇ」
踊っていたふたりは、女性店員さんでみっちりになってからやっと気づいた。
「これ、嶺仁朗の仕業だろ」
「嶺仁朗くんはすーぐ女性を惹きつけちゃうよねぇ」
「これだから嶺仁朗は……」
「それはこっちのセリフだ」
きょうちゃんたちに呆れられて、心外だ、と不機嫌そうに唇を突き出す。そんな表情も女性店員さんたちには好評で、またキャーキャーと騒がれた。表情ひとつでこの騒ぎ、じろちゃんはすごいなあ。ぼくは『くらよし白壁土蔵』を飲みながら、空になった元帥の瓶を抱えて笑う。すると、じろちゃんにジロリと睨まれてしまった。
「乙智はさっきから飲んでばかりじゃないか。君が主催なんだから、少しはまとめるなりしてくれないか?」
「だって~面白いんだもーん」
「年上の言葉じゃないな」
「ぼくを年上とか年下とかの枠でくくらないでほしいな。ぼくは、ぼくなの!」
「まったく……」
またため息ついてる~じろちゃん大変そう。
まあ、これ以上からかうのは可哀想だし……たまには、年上らしい事してあげようかな。
ぼくは両手を軽く叩いて、「みんな聞いてほしいなー」って声をかける。すると女性店員さんたちの注目が、一瞬でぼくに集まった。ぼくだって昔は役者として男女問わず人気を得ていたんだから、これくらいはね☆
「ぼくたち、もうちょっとゆっくり食事したいから……じろちゃんとおしゃべりするのは、もうちょっと後にしてほしいな~?」
小首をかしげておねだりすると、女性店員さんたちは「確かに」「失礼しました」と、頭を下げて、ぞろぞろと座敷を出ていった。
「なんだ、やれば出来るじゃないか」
「これでも“年上”だからね」
「年上年下は、乙智には関係ないんじゃなかったのか?」
「それとこれは別でーす。それより~……」
最初に頼んだのとは別の地元麦酒を机に並べ、今度は八犬士の面々の注目を集める。
「もう一回、改めて乾杯しよー!」
みんなにも、麦酒が注がれた器を渡して……。
「かんぱーい!」
改めて乾杯。じろちゃんが頼んでくれた美味しそうなご飯もあるから、みんなであれこれつまんで――。
「お! この店にも牛骨ラーメンがあるじゃねえか! 俺、これ食う!」
「さっきまで甘味を食べていなかったか? どういう順番なんだ……」
「嶺仁朗くん、居酒屋では甘味が先っていう規則がるんだよ。お酒を先に飲むと規則違反として一生店に閉じ込められて~……」
「あっはははははは! じゃあぼく、一生ここでお酒飲んでられるんだー。じゃあね~次はこの日本酒と~……あ! 果実酒もいいかも~。もーぜーんぶもってこーい!」
うんうん、やっぱりこういう賑やかな酒盛りもいいよね♪
◆END
著:浅生柚子(有限会社エルスウェア)