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『倉吉八犬伝』ショートショート

居酒屋 篇 ②

登場人物:犬田悌寛/犬川水義/犬山国忠/犬村礼采

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<犬田悌寛視点>

「たまにはみんなでお酒飲みたーい!」

 そんな乙智ちゃんのおねだりを叶えようと、八犬士の面々で居酒屋へ。

 と思ったけれど、お店の都合で4人までしか入れなくて、孝弥くんと、嶺仁朗くんと、乙智ちゃんと、信戯は別のお店に。

「なら自分たちは帰っていいのでは?」

 提案した乙智ちゃんがいないわけだし、水義くんの言う事はもっともだ。けれどせっかくの機会だし、俺としてはこの4人でも飲んでみたかった。

「お酒飲まなくてもいいんだ。みんなでおしゃべりしながら、ご飯食べるのじゃあ、ダメかな?」

 水義くんはまだ納得いってない表情をしていたけれど、さりとて強く拒否するほどでもないらしい。「まあ少しなら」と頷いてくれた。

 国忠くんと礼采くんも問題なかったので、4人で入れる居酒屋へお邪魔する事に。

「孝弥くん、あんな一癖も二癖もあるような面々と一緒で大丈夫かな? 信戯さんのデタラメに騙されて、ろくでもない事になるんじゃ……」

「心配しすぎだろ。あいつだっていい年した大人だぞ。お前はあいつの母ちゃんか」

 呆れた国忠くんが、ため息と共に言葉を吐き出す。すると水義くんは眉を吊り上げた。

「は? 孝弥くんの事は自分が一番よくわかっていますし、自分は孝弥くんの幼馴染で母親ではありません」

「んな事わかってるっつーの! ものの例えだろうが!」

「わかりにくい例えは意味がないですよ。大体孝弥くんを心配するのは、あの人日常生活になると途端にぽんこつだから自分がお世話しないといけないからで……」

「だからそれが母ちゃんだろうが!」

 孝弥くん以外には冷たい水義くんと、ちょっと口の悪い国忠くん。放っておくとケンカしちゃいそうだから、慌てて声をかけた。

「ふたりとも、落ち着いて」

 席を変えた方がいいいかも……と、不安になったけれど、ふたりはお互いに顔を逸らしてだんまり。これ以上言い合うつもりはないみたい。ほっと胸を撫で下ろす俺の隣で、礼采くんが呆れていた。

「悌寛さんは心配しすぎだ。ふたりだって八犬士として伯耆国を守ってきた立派な男たちだぞ。周囲に迷惑をかけるような事はしないだろう」

「そ……そうだよね!」

「それより、さっさと注文をするべきじゃないか? 何も頼まず居座っていたら店の迷惑になる。水義と国忠も、品書きを見ろ」

「言われなくても!」

「わかっています!」

 言い方は少しきついけれど、水義くんと国忠くんはちゃんとお品書きに目を通す。俺も、礼采くんと一緒に見るけれど……たくさんあって、どれも美味しそう、あれも食べてみたい……って、目移りしてしまう。

「この豆腐ちくわ、すごく美味しいんだよ。家の近くにある喫茶店で出てくるちくわカレーにも入っていて、大好きなんだ」

「悌寛はこの時代にきてから、やたらちくわの料理作ってるよな」

「アレンジがいろいろ出来て、楽しくって!」

「カニを注文していいか? これならみんなで食べられるからな」

「自分は、みなさんの注文したものをつまむのでなんでもいいです」

「本当にいいんだな? んじゃ、鳥取和牛の串焼き」

「俺、マーブルポークの冷しゃぶサラダも頼んでいいかな? やっぱりお野菜もちゃんと食べないとね」

「ハタハタも美味しそうだ、これも頼もう」

 飲み物まで俺たち任せで、水義くんは本当に口出ししなかった。

 でも礼采くんと国忠くんが中心となって注文してくれたおかげで、数分後には机の上にずらりと料理が並ぶ。飲み物は、せっかくならという事で地元で作られた『地びーる』という麦のお酒。

「ほら、みんな器を持って……乾杯!」

 みんなでお酒を飲む時はこうするんだよ、と以前乙智ちゃんに教えてもらった事があるので、俺もさっそくみんなでやってみる。そうして飲む『地びーる』は、確かにひとりで飲むのとはまた違って、なんだか楽しくなるお酒だ。

「あ、まずはお野菜を食べないとね。偏った食生活は健康を阻害する恐れがあるからね。しっかり食べて」

 菜箸を使ってそれぞれのお皿に盛り付け、渡してあげる。

「悌寛さんの方がお母さんじゃないですか」

「確かに」

「ふふっ、やだなあ。俺はお母さんじゃなくて、みんなの仲間だよ」

「だからものの例えだって……まあいいか、さっさと食おうぜ」

 国忠くんはとにかく食べたいみたいで、来た料理に次から次へと手をつけている。

「静かに食事が出来ていい……信戯がいないだけでこんなに落ち着いてご飯が食べられるんだな」

 礼采くんは食べる事より、食べ物に使われている材料や調味料だったり、自分の知らない事について興味を示している。

「はあ、孝弥くんはちゃんと食べてるんだろうか。乙智さんの飲みに巻き込まれて酔っ払って吐いたりとか……はあああ、心配だ」

 水義くんはまだ孝弥くんの事ばかり考えて、お酒片手にため息をついている。

 3人とも、それぞれ個人で食べている感じは否めないけど……それでも、こうして料理を囲んでいる状況は変わらない。嬉しくって、楽しくって……きっと今、だらしない顔してるだろうな。でも、たまにはこういうのもいいよね。

 今度は別々だった4人も一緒に、8人で食べに行けたら……なんて思っていると、カニがやってきた。

「カニはいいぞ。旨味に溢れていて、一口食べただけで幸福に満たされる……!」

「それは言い過ぎだろ」

「そんな事はない!」

「いやめちゃくちゃ叫ぶじゃねえか。オマエ、そういう男だったか?」

「いいから国忠も食べてみろ。食の概念が変わるぞ」

 人が変わったような礼采くんからカニを渡され、国忠くんは渋々それを食べる。

「ん! カニ、うまっ……!」

「ふふん、だろう? 僕はこれを餅しゃぶで食べたんだが、それもうまいのなんの……! 茹でたものをそのまま食べるのも、また味わい深いんだ」

 国忠くんも気に入ったみたいで、礼采くんの説明も聞かずもう次のカニを食べている。

「じゃあ、俺もいただいちゃおうかな。水義くんもどう?」

「はあ……じゃあ、まあ」

 水義くんも興味なさそうにしていたけど……食べ始めたら、黙ってもう次を手にしていた。カニは、まず身を取り出すのにちょっと苦労してしまう。でもその苦労の後、食べた瞬間に広がる潮の香りと味わいがなんとも言えず……気がつくと、新しいカニを手に取ってしまうのだ。

「カニって、黙って食べちゃうね。せっかくみんなでいるんだし、もっと話でもしようよ」

 麦のお酒もなくなってきたので、次は乙智ちゃんおすすめの『元帥』っていう大吟醸を頼んでみた。4人いるんだし、1本をみんなで飲めばいいよね! 

「うっ、うっ……うわぁぁぁぁん! お、俺はぁ! みんなとまたこうして一緒にいられて、すごく嬉しいんだよぉぉぉ!」

「悌寛さん……酔うと泣き上戸だったんですね……」

「おい、水義ぃ! テメェは孝弥孝弥構いすぎなんだよ! たまには自分の意見をみってみろぉ!」

「国忠さんは絡み酒……」

「はははははは! 楽しいなぁ、水義ぃ!」

「礼采さんは真っ赤になって笑い上戸に……なんていう地獄……というか、酒弱いなら飲むなんて言わないでくださいよ。まったくもう……あーあ、このお酒どうするんですか。料理も……どうしよう……」

*  *  *

 それから1時間が経ち、ふっと目が覚めて辺りを見回すと、料理は綺麗に片付けられていた。俺の前に座っていた水義くんは、机に突っ伏して眠っている。そのそばには、空になった『元帥』の一升瓶。

「んだよ、水義のやつ。自分はいらねーとか言っといて、酒全部飲んでんじゃねえか」

「自己主張が苦手なのか? ふっ、水義もまだまだ子どもだな」

「でも、そういうところが可愛いよねえ」

 酔っ払って眠っちゃった水義くんを見つめながら、俺たちは食べ損ねた料理を注文し、また新しいお酒を注文したのだった。

◆END

著:浅生柚子(有限会社エルスウェア)